2025年度も始まって、自分が勤めてる会社も毎年恒例の昇給タイミングとなりました。一応例年くらい、なんなら例年よりちょっと多く上げてもらいました。やったぜ。
しかし、基本給を見てみると何かがおかしい。思い返してみると、いつも何かがおかしい。その違和感に気が付いたので、思わずここに記載することにしました。
謎の特売
ニーキュッパ、サンキュッパ。そう、なぜか高確率で基本給に「安く見える心理効果」が働いているのです!確かに設定する側からしたらちょっとお得に見えるのかもだけど、さすがにソッチ視点でお得かどうかはどうでも良いし、流石にそんな感じで決めてはないはずだ。だが、我々労働者からしてみれば、なんの意味があるんやコレ?ってなるし、209,000とか21,4000とか毎回キリが良さそうな金額をことごとく外して来やがるのは一体何のメリットがあってやってるのかは気になるところだ。なんか「次の査定ではここを超えてくれよ?」みたいのあんのか?なら言えや!
気持ち悪すぎて「上げろとまでは言わんが、上げられないならせめてキリ良いところまで下げろやw」って思うし、これについては決して自分だけではないと思うところもある。キリ良い方がみんな気持ちいいよな?そうだよな?
で、変な数字が出る理由として、すげえ細かい評価制度があるならまあ分かる。しかしながら、今の会社の評価制度はブラックボックス。現場に出ている人間は一切評価に加担しないから、誰も俺の評価なんかできやしないレベルだ。もちろん別にフィードバックもない。本当に謎だけど、しっかり給料は上がる不思議なシステムである。
まあこれについては、なかなか他人の評価をするのが難しいのは理解しているし、本質として本人が望む評価を他人が出来るわけがないと思っている。色々あいまいになっちゃう部分があるのは仕方のないことだ。評価を細かくしすぎると、逆に被評価者の我々の作業量も増えてしまうわけだし、なんだかんだいい塩梅でやってくれてる。
とはいえ、もろもろの結果として特売スタイルになるのは、謎に煽られてる気がして腹立つだよなあww
評価の違和感をなくすには
今年の総売上の○○%をあなたの翌年の年収とします、みたいな方法しかないんだと思う。ただ、これによって給料が上がりそうな優秀な人は、これまで10数年働いてきた感覚として2割もいない。もちろん業界にもよるだろうけどね。
日本ではいまだに年功序列が根強いし、その人たちは成果があろうがなかろうが高い給料が貰える。若い人は、評価する側と仲良くなれば評価が上がるし、そうじゃなければ評価が下がる。日本のサラリーマンなんて、たいがいはこれだ。
結局のところ、成果を出すことより周りとの協調性が求められるのが日本の社会性。もし自分が会社を作るとしても、実力主義みたいな給料体系でなく、旧態依然とした年功序列な給料体系を選択すると思う。
その方が心地いいんだよね、この国の教育で生きてきた我々は。
受け入れるしかない
文句を言うだけなら易い。けれど、文句を言うなら相応の改善案を出すべきだし、自分が多少の犠牲を払ってでも行動を起こし、改善に向けて動かなければならない。でも、そんな気力はないし、自分がどうこうしたところで会社の体質を変わるとは到底思ってしまう。
って訳で、文句を言わずありがたくお給料を頂戴している今が、自分にとっても会社にとっても、一番幸せな状態なんだと思う。
法をどうこうするより、法の中の自由を追求しよう。その方が楽に生きられるから。
最後に
しゃちょー あとで なかす(おきゅうりょう上がってうれしい!)
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